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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)94号 判決 1984年9月27日

原告

ユニオン・カーバイド・コーポレーシヨン

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「昭和52年審判第13406号事件について、特許庁が昭和55年11月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、被告は主文1、2項同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1970年9月14日の米国特許出願に基づく優先権を主張し、昭和46年9月13日名称を「イソパラフイン―n―パラフイン分離法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ(昭和46年特許願第70482号)、昭和52年5月17日拒絶査定があつたので、同年10月18日審判の請求をし、昭和52年審判第13406号として審理されたが、昭和55年11月17日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月10日原告に送達された。なお出訴のための附加期間として3か月が定められた。

2  本願発明の要旨

ノルマル炭化水素(ノルマルパラフイン)と非ノルマル炭化水素との混合物からノルマルパラフインを分離するための方法であり、次の3つの工程からなるものである。

(a)  有効細孔径5OAのゼオライトモレキユラシーブ吸着剤の固定床に、ノルマル炭化水素と非ノルマル炭化水素との混合炭化水素流れを、蒸気相で且つ加圧下に、被吸着ノルマル類の物質移動帯域の化学量論点が床の長さの約85ないし97%を通過するまで通すところの吸着工程。

(b)  前記固定床に非収着性パージガスを、床孔隙の蒸気を除去するのに十分な量であるがしかし床流出物中に約20モル%の供給ノルマル類を生成する量よりは多くない量(即ち、床を出る流出ガス流れのうちその組成の20モル%以下がノルマル炭化水素よりなるような量)で、等温等圧下に向流的に通すところの向流パージ工程。

(c)  前記床に非収着性パージガスを実質上同じ温度及び圧力下に向流的に通して吸着剤から吸着されたノルマル炭化水素の大部分を脱着回収するところの向流パージ脱着工程。

3  審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

ところで、特公昭41―3167号公報(以下「引用例1」という。)には、石油炭化水素原料を約5OAの孔の大きさを有するモレキユラシーブに、その能力の70ないし90%まで満たすに充分な量接触させ、所望の高級アルカンの最低の炭素原子を有するものよりも少なくとも2個少ない炭素原子を有するノルマルアルカン(低級アルカン、特にノルマルヘキサン)をパージガスとして用いて、分離帯域から並流または向流で非吸着性物質を除去したのち、吸着した高級炭化水素を低級アルカンと供給原料を向流的にパージして高純度のノルマル炭化水素を単離する方法が記載され、石油学会編「石油精製プロセス」第317頁(以下「引用例2」という。)には、原料油をモレキユラシーブ層に送入してノルマル炭化水素を選択的に吸着させ、この吸着したノルマル炭化水素をパージガスとして軽質炭化水素の蒸気か又は不活性ガスを用いて脱着する旨が記載され、また、特公昭36―12410号公報(以下「引用例3」という。)には、モレキユラシーブ層にノルマル炭化水素を吸着させる際に物質移動帯域が経時的に前進して飽和されるということが記載されている。

そこで、本願発明と引用例1に記載されたものとを比較すると、(イ)吸着工程でのノルマル炭化水素の吸着量を、前者においては吸着床の床の長さで規定しているのに対して、後者においては吸着剤の吸着能力から規定していること、(ロ)向流パージ工程において、前者においてはノルマル炭化水素の流出量を限定しているのに対して、後者においてはその限定がないこと、及び(ハ)パージガスとして、前者においては非収着性ガスを用いるのに対して、後者においては分離すべきノルマル炭化水素の最低の炭素原子のものより少なくとも2個少ないノルマル炭化水素、特にはノルマルヘキサンを用いること、の3点で一応相違する。

ところで、(イ)の点は、両者はノルマル炭化水素の吸着量の規定方法が異なるだけで実質は同じ状態を示していることが引用例3から明らかであり、また(ロ)の点は、向流パージ工程はノルマル炭化水素の脱着を目的とするものでなく、吸着床内の空間に存在する非吸着性の不純物を除くことを目的とするものであるから、その工程でノルマル炭化水素の流出量を限定することは当然であつて、その限定の有無に格別の意味がない。(ハ)の相違点は、引用例2に軽質炭化水素と並んで不活性ガス(本願発明でいう非収着性ガス)がノルマル炭化水素の分離に際してパージガスとして用いられることが明示されているから、この不活性ガスを軽質炭化水素であるノルマルヘキサン等に代えてパージガスとして用いることに格別の困難性があるとは認められない。そして、本願方法及び引用例1のパージガスにモレキユラシーブに対する吸着性で多少の違いがあるにしても、そのことが直ちに不活性ガスを向流パージ工程でパージガスとして用いることを阻害するものであるとは考えられない。しかも、不活性ガスを向流パージ工程で用いても非吸着性の不純物だけでなく、その工程で一部ノルマル炭化水素の脱着も起ることが本願方法の向流パージ工程に明示されているところであり、両者のパージガスの作用に格別の相違があるとすることはできない。したがつて原査定を取り消す理由はない。

4  審決取消事由

本願発明の要旨及び各引用例記載の技術内容についての審決の認定は争わないが、審決が次に述べるように本願発明と各引用例との構成及び作用効果における相違を看過し、その進歩性を否定したのは、判断を誤つたものであり、違法であるから取消されねばならない。

1 本願発明におけるパージ工程(「b工程」ともいう。)及び脱着工程(「c工程」ともいう。)で非収着性パージガスを向流で使用する構成効果は各引用例に開示されているところではないのに、審決はこの点を看過している。

この構成によつて、純粋なものが分離されるし、床の長さ全体を最大限に利用することができる。これに対し、引用例1のものは、吸着性パージガスで吸着されているノルマル炭化水素を置換するものであり、引用例2のものの不活性ガスは非収着性と吸着性ガスと両方があるので非収着性パージガスへの着眼がない。

本願発明の右構成によつてもたらされる作用効果を詳説すれば、次のとおりである。

①  非収着性ガスを向流的に流してパージ工程及び脱着工程を行なうことによりもたらされる利益

モレキユラシーブ吸着剤の固定床に流入される供給原料において、より重い分子量(即ち、高分子量)成分はより軽い分子量(即ち、低分子量)成分より床により強く吸着され、又より軽い分子量成分はより重い分子量成分より床内のより遠くの方に吸着される。即ち、供給原料中のより吸着力の強い高分子量成分が床の入口端に吸着される。

また、分圧効果によりノルマル炭化水素の脱着作用を行う非収着性ガスは、置換作用によりノルマル炭化水素の脱着作用を行う吸着性ガスより高分子量のノルマル炭化水素を脱着する能力においては幾分劣ることが分つた。

かかる条件下においては、非収着ガスは床に向流的に流すことによつてのみパージ工程及び脱着工程を極めて有効に達成しうるのである。つまり、今非収着ガスを床に並流に流したとすると、床の入口端に吸着された高分子量のノルマル炭化水素はパージ及び脱着工程を通じて床の全長にわたつて流動し、つまり床の全長にわたつてばらまかれ、高分子量成分の或るものは脱着工程終了後においても脱着されることはなく再度床に吸着され、そのまま床内に残留することとなる。このことは非ノルマル炭化水素及びノルマル炭化水素分離プロセスにおける非収着性ガスによる脱着効率を低減せしめるのみならず、このようにして床内に残留した床への吸着力の強い高分子量成分の残留量は各サイクル終了毎に増大し、床の吸着工程時の吸着能力を漸次減少せしめることとなる。かかる床の吸着能力の減少は吸着工程時に、吸着されない非ノルマル炭化水素流出体中にノルマル炭化水素の混入を来たし、非ノルマル炭化水素の純度を低下せしめる。また、パージ工程を並流で行なつた場合には床孔隙から現われたノルマル炭化水素が床外へと流出しないように床の流出端に更に余分の吸着床を設けることを必要とする。

本願発明のように、非収着性ガスを床に向流的に流すと、軽く吸着された低分子量成分が先ず脱着され、ついで高分子量成分が脱着される。床の入口端に吸着された高分子量成分は脱着されると直ちに床外へと流出し、したがつて高分子量成分がパージ及び脱着工程時に床全体にわたつて流動し、床全体にばらまかれ、床に再度吸着され、床に残留するといつたことはない。即ち、非収着性ガスを床に向流的に流すことによつて、床の吸着能力の低下を極力抑えることができ、また、吸着されたノルマル炭化水素の脱着を有効に行うことができ、したがつて非ノルマル炭化水素の純度を低下せしめることもないといつた効果が得られる。

②  非収着性ガスを使用することによつてもたらされる利益

ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の吸着性ガスを使用するプロセスにおいては、パージ及び脱着工程後、吸着性ガスを非ノルマル炭化水素及びノルマル炭化水素から分離するためには精密な蒸留を行う必要があり、そのために多大のエネルギーを必要とする。これに対し、窒素、水素、ヘリウム、及びメタンの如き非収着性ガスは凝縮することのできないガスであり、単に冷却することにより非収着性ガスは非ノルマル炭化水素及びノルマル炭化水素から分離される。したがつて非収着性ガスを利用した本願発明においては吸着性ガスを利用したプロセスに必要とされる高エネルギを必要としない。

また、非収着性ガスを利用した本願発明のプロセスはタイムサイクルにて制御されるが、更に床の流出部分(原料供給端から70ないし90%の位置)に速応性のサーモカツプルを設置してプロセスを制御することができる。該サーモカツプルは吸着熱による床の温度上昇を監視し吸着工程の終了時期をより正確に制御することができる。一方、吸着性ガスを使用したプロセスにおいてはかかるサーモカツプルを利用した制御は不可能である。つまり、吸着性パージガスを使用したプロセスにおいて吸着性パージガスは床に吸着されている吸着質と置換することによつて吸着質を床から脱着する。したがつて吸着質と置換し床に吸着された吸着性パージガスは引き続き行われるノルマルパラフイン吸着工程においてノルマルパラフインにより置換されることによつて床より脱着される。したがつてかかる吸着性ガスを利用したプロセスにおいては吸着性ガスの脱着熱の発生によつて影響を受け、ノルマルパラフインの吸着熱による床の温度変化を検知するのは困難となり、サーモカツプルを利用した制御は不可能となる。

③  以上の説明にて理解されるように、非収着性のガスを向流的に流してパージ及び脱着工程を行うことは種々の利益を生ぜしめる。また、本願発明は、このように非収着性ガスを向流的に流してパージ及び脱着工程を行なうことによつて始めて非ノルマル炭化水素とノルマル炭化水素とを高純度にて極めて効率よく分離し得ることに着目した点に特徴を有するのである。

2 本願発明において、吸着工程(「a工程」ともいう。)における吸着剤の未使用部分を3ないし15%に限定することにより吸着工程でノルマル炭化水素の吸着を効果的にする構成と効果は、各引用例に開示されているものではないのに、審決はこの点を看過している。

引用例1のものではそうした効果はあげえないし、引用例3には床の吸着の量的限定に関する技術的思想はみられない。

引用例1は吸着性パージガスを利用し、吸着段時にはゼオライト吸着剤の70ないし90%を使用することを開示しているが、この目的は吸着段に引き続いて行われるパージ工程を並流パージにて行つた場合に、該並流パージにて脱着されたノルマル炭化水素を再び吸着剤の未使用部分にて吸着させ、ノルマル炭化水素がかかる並流パージ工程にて吸着剤カラムから流出するのを防止するためである。

このような理由から引用例1においては吸着段で吸着剤はその10ないし30%といつた大容積部を未使用部分として残さざるをえない。このように大容積部の吸着剤が吸着段時に使用されないということは、吸着床の使用効率を低下せしめる。

これに対し、本願発明はわずかに3ないし15%の未使用部分を提供すればよい。かかる未使用部分を設けることによつてノルマル炭化水素吸着段時に吸着されないノルマル炭化水素が非ノルマル炭化水素に連行されて吸着剤を通過することが防止されるのである。このように、引用例1と本願発明とは、吸着剤に未使用部分を設ける目的及び機能において相違する。そうであるから、引用例1において吸着剤の未使用部分を本願発明と同一範囲とした場合、引用例1が期待通りの作用をなすか否かは疑問である。換言すれば、本願発明と引用例1とは吸着剤の未使用部分の範囲において一部重複する部分があるとしても、前述のように未使用部分を残す目的及び機能において著しく相違している。即ち、本願発明の特徴の1つは、引用例1のように従来10ないし30%といつた大容積の吸着床が吸着段時に使用しえないという従来の一般的考え方に対し、非収着性ガスを床に向流的に流しパージ工程及び脱着工程を行うという新しい技術思想を導入することによつて吸着床の未使用部分をわずかに3ないし15%にまで低減することができたことにある。

したがつて本願発明は、前記1①に詳説されるように、パージ工程及び脱着工程が非収着性ガスを向流で流すことによつて達成される特有の効果の他に更に、吸着床を許容最大限に使用することによつて吸着床の使用効率を高め、極めて作動効率のよいイソパラフイン―n―パラフイン分離法を提供する。

引用例3は単に分子篩中には部分飽和帯域Bが吸着作業時に存在し、該領域Bと飽和帯域Aとが結合して吸着剤の使用済部分を画定するということを開示するだけである。引用例3は本願発明の特徴とする吸着剤を3%ないし15%の未使用部分を残して部分使用することを開示又は示唆するものではない。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

原告主張の点に関し、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は、次に述べるとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

1 b工程、c工程で非収着性パージガスを向流で使用する点について

(1)  b―c工程で非吸着性パージガスを向流で使用する構成の容易性について

(イ) b工程の目的は、引用例1にはその1頁右欄35、36行に「分子篩中に存在する非吸着の炭化水素をのぞく」と、また本願明細書にはその19頁6ないし8行に「吸着剤からのノルマル類の脱着を引き起さずに床の孔隙内の未吸着炭化水素を流出させるためである」とそれぞれ明記されているように、吸着床中の間隙に存在している非吸着性の物質(非ノルマル炭化水素等)を洗い去ることだけなのである。

かかる点からみれば、b工程のパージガスとして、吸着しているノルマル炭化水素の脱着を惹起しないようなガス、即ち、原告のいうノルマル炭化水素を脱着する能力において劣つている非吸着性ガスが適するのは極めて当然のことといえるのである。

(ロ) つぎに、引用例2に、c工程のパージガスとして不活性ガスが使用される旨記載されていることは審決で説示したとおりである。そして、この不活性ガス及び原告のいう非吸着性ガスの両者を代表する最も一般的なガスが窒素ガスであつて、この窒素ガスが本願明細書に唯一の具体例として開示されているのである。

よつて、原告の、実際にはほとんど使用されることがなく、また本願明細書に具体的に開示のないガスを列挙して、引用例2には非吸着性パージガスへの着眼がないとの主張は、全く根拠のないものであり、また、非吸着性ガスを引用例1のノルマルヘキサン等(吸着性ガス)に代えてパージガスとして用いることに格別の困難性はないといわなければならない。

なお、引用例2の不活性ガスと非吸着性ガスとは同一のガスを表わしているのであり、このことは引用例3の記載からも肯定できるのである。しかも、その代表的ガスの1つであつて、本願明細書にも唯一の実施例として開示されている窒素ガスが脱着ガスとし用いられていたのであるから、引用例2の不活性ガスは、窒素ガスを含む非吸着性ガスを意図していることは明白である。

(ハ) また、パージガスを選択する他の基準は、引用例3の3頁左欄30ないし33行に「適当な放出剤に対する主要な基準は、………流出物又は放出物からの放出剤の次の分離が主要な問題を与えないということである」旨記載されているように、b―c工程後のパージガスと目的物質(本願発明ではノルマル炭化水素と非ノルマル炭化水素である)との分離が簡単であることである。

そして、一般に非凝縮性の物質が凝縮性の物質との混合物から蒸留を行なうことなく容易に分離されることは化学常識に属する事柄である。

よつて、この分離性の点からみても、パージガスとして、非凝縮性の非吸着性ガスを使用することは容易に想定できるのである。

なお付言すると、原告は、非吸着性ガスを使用した場合の並流と向流とを比べて、向流の利点を縲々述べているが、原告が述べているb―c工程における向流の利点は、非吸着性ガスにもとづく特有の効果であるとは到底解されない。何故なら、吸着性ガスと非吸着性ガスとでノルマル炭化水素の脱着機構が異なるにしても、両ガス共にノルマル炭化水素を脱着するのであり、その脱着速度に速いか、遅いかの差があるだけで、いずれのガスによつても、吸着と脱着という同じプロセスを、繰り返してノルマル炭化水素と非ノルマル炭化水素の分離がおこなわれるのである。そして、原告のいう向流の利点に着目して、引用例1でもb―c工程に向流を適用していることは審決で説示したとおりである。

したがつて、b―c工程で非吸着性パージガスを向流で使用する構成に何ら困難性は見い出せない。

(2)  非吸着性パージガスによりもたらされる効果について

原告の目的物質の純度及び床の長さの2点についての主張は、並流と向流との差に基づくものであつて、このような比較が何ら意味をもつものでないことは既に述べたとおりであるから、全く根拠に欠くものである。

また、b―c工程後の非吸着性パージガスの分離の容易性についての主張も、前記(1)、(ハ)の項で述べたところから、当然教示されるものであつて、予測できる効果についてのものである。

2 吸着床の未使用部分の限定の点について

(イ) 本願発明のa工程における吸着剤の未使用分の限定値3ないし15%は、引用例1におけるその限定値10ないし30%に重複するものである。けだし、この限定値は、吸着剤は吸着床に均一に充填されているのであるから、本願発明の吸着床の床の長さによるものと、引用例1の吸着剤の吸着能力によるものとは実質的に変わりないからである。しかも、吸着床の床の長さによる限定は、引用例3の供給原料(ノルマル炭化水素)は入口から出口へ前進的に飽和される旨の記載(3頁右欄下から5、4行)から、極めて当然のことといえる。

してみると、吸着剤の未使用分を3ないし15%と限定した構成に何ら困難性はないといわなければならない。

(ロ) つぎに、引用例1には、非ノルマル炭化水素を目的物とする旨の明示はないけれども、引用例1で目的とする洗滌剤を製造するためのC10ないしC20のノルマル炭化水素は高純度で得られているのである(1頁右欄下から9ないし7行等)。そして、引用例1も、ノルマル炭化水素を選択的に吸着分離する本願発明と同じ分子篩を用いているのであるから、ただその目的が相違するだけで、本願発明と同じように非ノルマル炭化水素も当然分離されているといえるのである。

このように、ノルマル炭化水素と非ノルマル炭化水素とが吸着剤によつて高純度に分離されることは当然予測できるのであるから、原告の主張する効果にも格別顕著というべきものはない。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 b工程、c工程で非収着性パージガスを向流で使用する点について

成立に争いのない甲第2号証によれば、引用例1には、「500ないし660度Fの範囲における比較的に等温の条件及び0ないし100lb/in(ゲージ圧)の範囲における比較的に等圧の条件のもとで行われるC10ないしC16の高純度のノルマルアルカン(高級アルカン)の単離法において、約380ないし565度Fの範囲内で沸騰する石油炭化水素供給原料と、約5OAの孔の大きさを有する分子篩とを、ノルマルアルカンを比較的に含まないラフイネートを得るように能力の70ないし90%まで前記分子篩を満たすに充分な量の前記石油炭化水素を使用して分離帯域の中で接触させ、所望の高級アルカンの最低の炭素原子を有するものよりも少なくとも2個少ない炭素原子を有するノルマルアルカン(低級アルカン)を使用して分離帯域から非吸着物質をのぞくのに充分な時間にわたつてパージし、吸着された高級アルカンの10ないし75%を分子篩からのぞくのに充分な時間にわたつて、低級アルカンで供給原料と向流的にパージし、つぎに高級アルカンを単離することから成る、高純度のノルマルアルカンの単離法。」が記載されている(4頁右欄、特許請求の範囲)。そして、右の高級ノルマルアルカン即ち高級ノルマル炭化水素の単離法において、所望の高級アルカンの最低の炭素原子を有するものよりも少なくとも2個少ない炭素原子を有するノルマルアルカンを使用して分離帯域から非吸着物質をのぞくのに充分な時間にわたつてパージする工程(以下「パージ工程」という。)について、「ノルマルアルカン以外の物質が細粒状の粒子の間の空間に存在する。所望される高純度を得るためには、このような物質はパージガスによる短時間の最初のパージによつてのぞかれる。この空間のパージは供給原料の流れに対して並流であるか或は向流であることができる。」(2頁右欄43ないし47行)と記載されているので、右パージ工程においては、パージガスとして、所望の高級アルカンの最低の炭素原子を有するものよりも少なくとも2個少ない炭素原子を有するノルマルアルカンを、供給原料の流れに対して向流的に流す場合が存在することが明らかである。

そこで、引用例1に記載の方法におけるパージ工程及びそれに続く高級アルカンの向流による単離工程と、成立に争いのない甲第5号証によつて本願発明におけるb工程及びc工程とを比較すると、両者はパージガスを向流的に流す点において軌を一にし、ただ、パージガスについて、前者が、「所望の高級アルカンの最低の炭化水素を有するものよりも少なくとも2個少ない炭素原子を有するノルマルアルカン」を用いるのに対し、後者は、「非収着性ガス」を用いる点で相違が認められる。

この相違点について考察するに、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例2には、「原料油をモレキユラシーブ層に送入し、n―パラフインを選択的に吸着させる。n―パラフインが飽和したら原料の送入を止め、脱着操作に移る。脱着には軽質炭化水素の蒸気か不活性ガスを使用し、分圧を下げて回収する。」(317頁7ないし9行)と記載され、各種ガソリンのTSF法によるオクタン価上昇のデータが表記されている(317頁、表15・6)。そして、成立に争いのない乙第1号証(は引用例2と同一刊行物である「石油精製プロセス」)によれば、C3ないしC16留分中のn―パラフインの回収の目的で行うTSF法に関し、「モレキユラシーブに吸着されないガスでパージし、分圧を下げて脱離する。」(309頁、表15・2「特徴」欄8、9行)と記載されているので、TSF法においては、パージガスとして非収着性ガスが用いられるものであることが認められる。ところで、引用例2のさきにあげた記載は、TSF法との関連においてなされていることが明らかであるから、そこに記載の「軽質炭化水素の蒸気か不活性ガス」が非収着性ガスのことを意味することは、当業者であれば容易に理解することができるものといわねばならない。

そうすると、引用例1に記載の方法におけるパージ工程及びそれに続く高級アルカンの向流パージによる単離工程において使用しているパージガスについて、それを非収着ガスに代えて本願発明のb工程、c工程のように構成することは、当業者にとつて格別困難性を伴うものとはいえない。

したがつてまた、引用例1に記載のパージガスが、パージ及び脱着機構の点で本願発明における非収着性ガスと差があるとしても、パージガスを床に向流的に流すこと自体によつて、非吸着物質のパージ及びノルマル炭化水素の脱着が行われる点では、特にその内容の限定がない以上、本願発明と引用例1のものと何等変るところはないので、その効果においても変るところがないといわねばならない。

もつとも、前掲甲第2号証によれば、引用例1には、パージガスとして5ないし9個の炭素原子を有するノルマルアルカンが例示されており(2頁左欄23ないし30行)、これらのノルマルアルカンは常温・常圧では液体であるから、パージあるいは脱着工程後に他の炭化水素から分離するためには蒸留が必要であることは理解できるところである。しかしながら前示のように、引用例2には、ノルマル炭化水素の脱着に不活性ガスを使用する旨記載されているが、成立に争いのない乙第2号証(4頁左欄33ないし36行等参照)及び弁論の全趣旨によれば、不活性ガスとして最も典型的なものが常温常圧で気体の窒素ガスであることは当業者であれば直ちに想起されるところであり、このような常温常圧で気体のパージガスを用いる場合、パージ及び脱着工程後において常温常圧で液体のノルマル炭化水素からの分離が蒸留などのエネルギーを要する手段を必要としないことは論をまたない。しかも前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、本願発明で使用する非収着性ガスとして、窒素、水素、ヘリウム、メタンが例示されており(10頁17、18行)、これらのものは常温、常圧で気体であるから、本願発明においてこれらの非収着性ガスを用いたことによる前記利点も、引用例2から当然予測できるところのものといわねばならない。

なお原告は作用効果の主張に関して、本願発明のプロセスがサーモカツプルによる制御が可能である点に触れるところがあるが、前掲甲第5号証によるも、本願明細書には、この点について何らの記載もなく、他に立証もないので、採用の限りではない。

2 吸着床の未使用部分の限定の点について

前掲甲第2号証、第5号証によれば、引用例1に記載のものが、吸着剤の未使用部分が床の能力の10ないし30%であるのに対し、本願発明においては、吸着剤の未使用部分が床の長さの3ないし15%であるが、成立に争いのない甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、床の能力は、床の長さによつて表現しても実質的に変らないことが認められるから、両者において吸着剤の未使用部分において互に重複する範囲があり、したがつて両者間に差異のない場合があることが明らかである。しかも既に前示したように、吸着工程に続くパージ工程について、引用例1のものにおいても、並流的に行う場合とともに本願発明と同様に向流的に行う場合も記載されており、使用するパージガスの点を除けば、差異がない場合が存在するから、ここにおいては原告の主張する未使用床の限定におけるその目的においても相違がないといわねばならず、その構成効果は引用例1に開示・示唆されているものというべきであつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。

3  そうすると、審決には原告の主張するような判断の誤りはないから、これを理由としてその取消を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)

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